湯の街別府路地裏巡り|宿泊プラン一覧

宿泊予約トップ > 湯の街別府路地裏巡り

湯の街別府路地裏巡り

日本一の温泉湧出量を誇り、日本を代表する温泉地として海外にも知られている湯の街・別府。今年50周年を迎えた「別府タワー」の足もとにある別府の街には、半世紀前から変わらぬ路地裏の風景がある。平成も20年が過ぎた今でさえ、明治、大正、昭和の面影が残る路地裏を巡ってみた。

湯の街別府路地裏巡り|炭火焼の店「竹炭亭」と竹瓦温泉正面「竹瓦小路」の写真

湯の街別府路地裏巡り|「旅人をねんごろにせよ」と、油屋熊八翁は言った

 温泉街と隣接する歓楽街。かつて栄えた日本の温泉地では、夜な夜な浴衣を着た酔客が路地裏をさまよう姿が見られた。ところが、いつの頃からか世の健康ブームと相まって人々は温泉に心身の癒しを求めるようになる。ひなびた山里や田園風景の中にある温泉地が人気を集め、歓楽街のネオンは次々と消えていった。それが時代の趨勢であれば、いたしかたない。

 しかしながら、である。安穏な平成の世に生きる身にとって、かつて日本がもっともエネルギッシュだった時代の空気を懐かしく思うのは、ただ郷愁にそそられるだけではない。右にならえとばかりに大挙して山里を訪れる人々に背を向けて、怪しげなネオンの灯る路地裏に迷い込むのもまた、一つの旅情である。

 別府の街を東洋一の泉都といわしめるようになった立役者は、「観光王」と呼ばれた油屋熊八翁である。別府駅前に建つ銅像には「旅人をねんごろにせよ」という生前の言葉が刻まれている。旅館を開業し、温泉マークを発案し、さらには日本で初めてバスガイド付きのツアーを運行したという翁の発想は、つまるところ「もてなしの心」で旅行者を楽しませようということに尽きるだろう。

 明治から昭和の中頃まで、別府の街が放つ独特のホスピタリティとエンターテイメントにお大尽から庶民にいたるまでが酔いしれた。別府の路地裏には、そんなエネルギーに溢れた時代の残滓が残っている。

湯の街別府路地裏巡り|竹瓦温泉の写真

『竹瓦温泉』は明治12年の創設で、現在の建物は昭和13年に建設されたもの。唐破風造の外観は別府温泉のシンボル的な存在。普通湯(100円)と砂湯(1000円)がある。

湯の街別府路地裏巡り|熊谷熊八翁の銅像の写真

別府観光の父といわれ、その偉業を称えて'07年11月に建てられた油屋熊八翁の銅像。愛嬌のあるポーズをとる熊八翁のマントにとりついた子鬼は、地獄めぐりのイメージにちなんだもの。

湯の街別府路地裏巡り|「カッパーレイヴンス」と「音楽博物館ヒットパレードクラブ」の写真

湯の街別府路地裏巡り|哀愁のメロディとともに今宵も別府の夜は更ける

 別府の街を縦横に結ぶ路地は、明治の初めに旧別府港が開かれて以降、急速に発展する中で生まれたという。太平戦争末期、すでに勝利を確信した米軍は別府を占領後の保養地にしようと考え、空襲を控えたともいわれている。真偽のほどは定かではないが、結果的に戦災を免れた別府の路地裏は、最も栄えた戦前の姿をそのまま残している。

 当時のメインストリートは旧別府湾に近い流川通りで、船で訪れる旅行客を歓待する料亭やダンスホール、土産物屋などが軒を連ねて大いに賑わった。その流川通りから竹瓦温泉まで、旅行客が雨に濡れることなく往来できるようにと作られたのが、現在の「竹瓦小路」である。建設は大正10年。現存する最古の木造アーケードといわれ、ここにも旅人をもてなすホスピタリティの痕跡がある。

 この竹瓦小路を出発点に、毎月第2、第4金曜日の2回、「竹瓦夜の路地裏散歩」というウォーキングツアーが行われている(写真)。案内役は流し歴50年以上という「はっちゃん・ぶんちゃん」の名コンビと、かつてのバスガイドの名調子を聞かせてくれる「湯のまちママさん」。路地裏を流れる哀愁を帯びたメロディと七五調の名調子に、嗚呼別府の夜は更けてゆく。

湯の街別府路地裏巡り|哀愁のメロディと別府の夜の写真
湯の街別府路地裏巡り|約350種類の銘柄が揃う「1(ピン)」と酒好きが集まる「スピークイージー」の写真

湯の街別府路地裏巡り|何時でもない何処でもない路地裏だけに流れる時間

 時代の流れとともに、街の様相は一変するのが世の習わし。竹瓦界隈の路地裏も戦前は土産物屋や芸者の置屋、戦後もスナックやクラブなどの飲み屋街として賑わったが、港が現在の国際観光港に移転してからは閑古鳥に悩まされる。歓楽街の中心は駅寄りに移動し、竹瓦界隈からはとんと人足が遠のき、華やかなネオンは次々と消えていった。

 平成になって、そんな路地裏にネオンの灯を再び灯したのは、この街で育った新しい世代だった。閉鎖したクラブやキャバレー、スナックや小料理屋などの店舗を借り受け、独自のセンスと才覚で新しい店をオープンさせた。『SPEAK EASY』と『COPPER RAVENS』はその代表格。両店のオーナーである樋口太さんが自ら改装を手がけた店内は、映画「ブレード・ランナー」で描かれたような無国籍で混沌とした一種独特の世界観を醸す。また、『ヒットパレードクラブ』はかつてのグランドキャバレーの造りを活かしたライブハウス。ハウスバンドが50年代のオールディーズを演奏する店内は、古き佳き時代のアメリカを彷彿とさせる。半世紀もの間、時計の針が止まっていたかのようである。

 しかし時間を巻き戻すことができないからこそ、この路地裏にだけ流れている時間が、とても愛おしく感じられるのである。

湯の街別府路地裏巡り|別府の路地裏の写真
 ページの先頭に戻る